栂 正行
シンガポール動物園の目玉はナイトサファリだ。日没後開園するナイトサファリ用の動物園内を、トラムで一周したり、徒歩で回ったりする。徒歩コースは三つあり、全部回ると二時間近くかかるが、歩いているときは疲れを感じない。
次から次へと目の前にあえ現れる動物たちは、どれもこれも生き生きとしていて、他の動物園関係者が見たら、とてもうちではできないと落胆するだろう。
その日は夜の7時開園だった。フィッシングキャットを見たり、コウモリを見ているうちにやがて完全に日が沈んだ。あたりからはいろいろな動物の鳴き声が聞こえてくる。と、目の前のガラスの檻の中に、木につるされた餌の肉に食らいつくヒョウの姿が浮かび上がるキリンの姿も印象的だ。
さて、帰りはどうしようか。ふと入り口のカウンターの上を見ると、バスの時刻が書いてある。繁華街の主要ホテルに直接向かうミニバスの時刻表らしい。これならばタクシーよりもはるかに安い。また路線バスのようにややこしくもない。そこでバスに乗り込むと、後から後から人がやってきて、中はたちまちいっぱいになった。
インド人の男性が三人いた。バスの進行中、なにやらしきりに話している。運転手は中国系の人でものすごいスピードを出す。車はやがてスコッツ・ロードに入る。すると自分たちのホテルが見えたとインド人たちが騒ぎだし、止めろ止めろと言う。運転手は、これを無視して、オーチャード・ロードに入ったところでやっと止める。インド人たちはどやどやと車を降りた。私には彼らがどうもコンピューター関係の仕事をしているように思えてならなかった。
秋になり、秋葉原に出かけた。パソコンのキャリング・バッグを探すため、駅周辺の店にいくつも入った。そうしているうちに、この人工的空間の中で、人工の極みであるパソコンにさわり、パソコンをなでている自分の存在が、何かとても気持ち悪くなった。インド人のことを思い出した。夜の闇に浮かぶ動物たちを思い出した。
というわけで、それからというもの大きなパソコンショップに入るたびにナイトサファリの動物たちを思い出すようになった。
蛇足ながらシンガポールでは、他に中国人街、アラブ人街、そしてインド人街がいい。さらにひとつ、オーチャード・ロードの高島屋三階の紀伊國屋書店を見れば、異文化理解入門としては、まずまずの収穫ということになるのではないか。
(教養部教授)