書評


小田原 謡子




幻実の詩学 ---ロマン派と現代詩---
田村英之助 監修
前川裕一 共著


田村英之助氏の立教大学退任を機に出版された本書に、前川氏は「人物素描につ いて」と題された論文を寄せている。

ヴィクトリア朝の精神史において、「なにをしたか」が英雄、偉人評価の基準で あった1840年代から「いかにありしか」が重要視されるようになった1860年代ま での20年間に、何が起きて価値観が変ったかを氏は考察する。

1860年代にペイターが発表したエッセイ「透明な性格」に注目し、ホイッスラー の、物語性を否定したひとコマ的な「いかにありしか」の絵画の背景にこのエッ セイの存在を見、またペイターの文章を用いての<想像による画像>と、ビ アボウムの絵筆を用いての<誇張>あるいは<ひねくれた眼>に支えら れた肖像画すなわちカリカチュアとの類似を見、人間評価の基準が「いかにあり しか」に移っていった事実と60年代、70年代のカリカチュアの流行との関係を見、 カリカチュアがまさしく「いかにありしか」の人間像を描くものであることを氏 は指摘している。


ウォルター・ペイター ---精神のダンディズム---
前川裕一 著

『ルネッサンス』に収録された諸篇から、絶筆となった「パスカル」論まで、す べて何らかの意味でペイターの想像による画像であるとよく言われる。ペイター 自身が特に好んで『想像による画像』という表題をつけた、彼の「魂の自叙伝」 ともいうべき四つの短篇を論じた「ウォルター・ペイターの出発 --- 透明な性 格」、「家と墓と」、「アポローンとディオニュソス」、「想像による画像 --- 手法のこと」の各章。「ヴィンケルマン」論から「ウィリアム・モリスの詩」 を経て彼が思索と共感のつちに確立した審美主義思想を「レオナルド・ダ・ビン チ覚え書き」という実作をもってうたいあげようとしたこと、『マリウス』第9 章「新キレーネ主義」をテキストに彼の審美主義思想の本質を示す「審美主義の 確立」。自己の信条とする享楽主義を一種の宣言の形で発表した。『ルネッサン ス』の結語の真髄を一層丹念に扱ったもの、と彼自身が告白している長編小説 『エピクロスの徒マリウス』を論じた「享楽主義」。ルネッサンスの根を中世に さかのぼる彼のルネッサンス観と、その結実としての作品『ルネッサンス』を論 じた同名の章。ペイターの文学論を論じた「『鑑賞批評集』 --- 文学論。」著 者にとって捨てがたい思いのこもった「『あとがき』について」、「ある肖像画 のこと」。さまざまな研究、論考、著作の集大成としてではなく、はじめに『マ リウス』ありきであったという「エピクロスの徒マリウス」。小説の中で意識的 に「時間」の経過を無視して物語をすすめる彼の「『時』の意識」を論じた章。 未完に終った「パスカル」論を論じた「未完ということ --- 『パスカル』論を めぐって」。

著者がペイターを卒業のテーマに選んで以来あたためてきたペイター論が見事に 結実した一冊である。必読の一冊。

著者は文学部英文学科教授。研究社出版刊。19.5 × 13.5cm。5,300円。

『中京大学広報』 5月30日号より転載させていただきました。



The Chukyo University Society of English Language and Literature
Last modified: Thu Apr 30, 1998

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