小林弘克
ある映画がきっかけで彼女の名前を知った。 映画そのものは殺人事件の話と多少物騒なものであったが、 映画の中に映し出された世界は、 日本の映画にはない西欧独自の華麗さの中に展開されたストーリーで私は強い感銘を受けた。 映画を見ていくと原作者がイギリスミステリーの女王と言われたアガサ・クリスティであることがわかった。
彼女は短編や長編の推理小説だけだなく、 戯曲、メアリ・ウエストマコットという名義の普通小説、 自伝、詩と幅広く執筆していて、その多才ぶりがうかがわれる。 数だけでなく作品を見ても、説人事権の時に使われる植物や毒薬の知識、 登場人物を取りまくすべての家庭環境 (料理・宗教・ゲーム・動物・音楽・病気)法律、 そして特に有名なものではマザーグースなど、 どれを挙げても英国的で、その国を知るのに豊富な資料である。
その中でも多くの人々に親しまれているものに、登場人物、 とりわけ二大探偵の得リキュール・ポアロとミス・マープルが挙げられる。 白髪で少し背が低くプライドが高いベルギー人のポアロと田舎が好きで一見どこにでもいるような探偵好きのおばあさんマープルは、 どこか親しみを感じる。ただ事件に対しては鋭い感覚を持っており、 またそれがクリスティの作品の特徴といえるのではないかと思う。
この二大探偵を語ることはクリスティの作品事態を表わしている。 彼らの行動はその豊富な人生経験を生かし、 鋭い洞察力によって次々と難問を解決していくもので、 その根底にあるものは「人間」の習性である。 ある事柄(事件)に対し、人間はどのように行動するだろうかということは、 彼らの頭の中で想定されている。 それを事実と照らし合わせてみる。 その結果、時間的や物理的に不可能と思われるのは消去していく。 こうして最終的に残った者が犯人となるわけである。
このように彼女の作品には推理小説として話は展開していくが、 特に前述した二人の言動には人間本来の姿を描いているように思う。 その意味では文学的要素をも含んでいて日本の巷にあふれているのではないかと思う。 読後は、事件が解決した満足感と同時に何かしら人生の指針を与えるような喜びでひたっている。 それはまた自分の貴重な財産にもなるのではないかと考えている。
(愛知県春日井市工業高等学校講師 1989卒)